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貸主物件.comコラム

賃貸不動産経営でFIRE記

貸主物件.com 管理人です。

管理人が賃貸不動産経営で、FIREするまでの道のりを書いていこうと思います。

今回は、管理人の簡単な生い立ち~中学生頃までのお話です。

昭和50年代に、普通のサラリーマン家庭の子供として生まれました。

自営業だったとか、企業家だったとかではなく、ごくごく普通のサラリーマン家庭でした。会社勤めするのが当たり前というかそれ以外によくわかってませんでした。

特別に裕福でもなく貧困でもない生活。それなりの物は揃っていたし、逆に大きな贅沢もあまり記憶にありません。この頃の影響か、いまも特別に裕福になりたいとか思いません。

時代はバブルとやらの真っ只中だった様で、世の中は比較的景気が良い状況だったらしい。(景気が良い状態をいまだに知らない)

普通に仕事している父親と過ごす放課後の時間がやたらと多く、当時は何も思いませんでしたが、今となればバブルやからサボっても仕事が成り立っていたのか!みたいな感じです。

普通に保育園や小学校に行って、友達と遊んで、ゲームして、スポーツをして。

何も細かく考えてない子供でした。ただ、遊んでたら毎日楽しく過ぎていく。ひたすらに毎日が楽しく過ぎていく。

小学校でソフトボールを始めて、阪神タイガースの1985年の優勝を目の当たりにし、『高卒ルーキーでドラフトに受かるぞ!背番号は真弓の7』と、よくいる夢見心地の少年でした。

保育園~小学校までは、大人から見ると少しだけちゃらかったにせよ、大きな問題もなく過ごしていたと思います。

中学入学後は、ちゃらさに加え、反抗期や周りの影響もあったのか、少しやんちゃな側面が出てきたかもしれません。

あれもしたい、これもしたい、自分の好きなこと興味のあること楽しいと思えること、たくさん生まれてきた年頃だったと思いますし、思い付いたら何も考えずにやってました。そのことで人を傷つけたこともあったと今となれば思います。本当にごめんなさい。

勘違いな思考回路のせいで『なんか、、阪神タイガースは無理やろうけど、普通の夢?目標?なら、わりと何やってもうまくいく気がするんだよなぁ』と、根拠もないのに、こんな風に初めて思ったのがこの頃だったと思います。

部活ではレギュラーになれなかったけど、『体格が不利だ』と冷静に判断し、割りきっていました。

その他は、勉強や学校生活、友人関係、健康等、実際、大きな苦労もせずに過ごせましたし、特別な努力をしなくても、だいたいのことが何故かうまく進みました。

悪友が悪さして捕まっても、自分はその件にはたまたま無関係だったり。

高校受験も、県内有数の進学校になんとか合格。努力はしたけれど、それなりの努力でしかなかっと思います。

収益不動産とは!とか、そしてFIREとは!なんて、全く何も知らない・わからない頃ですね。

『なんか、、わりと何やってもうまくいく気がするんだよなぁ』

合格発表後、そんなことを再度感じた15の夜でした。